★豊橋市は、豊橋駅前(東側)に立地する「名豊ビル」「名豊はざまビル」「開発ビル」の3つのビルと、広場の敷地(計1.5ヘクタール)を一体的に再開発する「豊橋駅前大通2丁目地区再開発」を計画しています。今年の8月には、市の中心市街地活性化基本計画の次期期間(2014~18年度)における基本的方針案の中に初めて盛り込まれましたが、11月に予定される議会の中で再開発事業の概要(建物の階数・テナントの種類など)が公表されることになりました。順調にいけば、2014年度にも都市計画が決定される予定です。
※情報は2013年9月2日付 建通新聞より
豊橋駅は、東海道新幹線・JR東海道線・飯田線・名鉄本線・豊橋鉄道市内線・渥美線が乗り入れる県内有数のターミナル駅となっています。商業施設やホテルを擁する立派な橋上駅です。リニア中央新幹線の開業後は、当駅に停車する「こだま」や「ひかり」の本数も増加することが予想されますので、駅前のポテンシャルは高いと思われます。
★豊橋駅東口のペデストリアンデッキから。東海地方では唯一路面電車が走っています。この日は3連休最終日でしたが、台風の影響で鉄道網はズタズタに遮断されており、車の数も人の数も極端に少なく、連休初日の土曜日と比べても明らかに閑散としていました。右のほうに見えるフォルクスワーゲンの看板あたりが再開発予定区域です。
再開発区域内にある「名豊ビル本館」(右)と5階建ての「名豊はざまビル」。奥の白いビルは「名豊ビル新館」です。名豊ビルは本館が地上9階建て、新館が地上12階建て、延べ床面積約22,400平方メートルの複合ビルで、商業施設やオフィス・会議室などが入居しています。1968年に竣工したかなり古いビルで、現在は市内に本社を置くサーラグループの中部ガス不動産が所有しています。外観が名鉄の本社ビルにそっくりですが、元々は名鉄グループが建設・運営していたビルで、上層階には「豊橋グランドホテル」が入居していました。(老朽化に伴い2011年に閉鎖)名豊はざまビル(延床面積約9,200平方メートル)は個人などが区分所有しています。
さらに名豊ビルの隣にある「開発ビル」は外郭団体の「(株)総合開発機構」が所有しています。地上12階建て、延べ床面積約15,600平方メートルの複合ビルで、1966年竣工と名豊ビルよりさらに古いです。
「開発ビル」の文字の跡がくっきりと残っていますが、まだ閉鎖はされていません。
北側(駅前大通り側)から。
東側から。まだ営業している店舗もあります。
南側には、約3,400平方メートルの広場があります。ここも再開発対象区域です。
広場の正式名称は「狭間児童広場」です。私はなぜこの場所に広場があるのか全く知りませんでしたが、後にその理由が明かされることになります。
広場の南西角より。
奥に見える高層ビルは、サーラグループが西武百貨店跡地に建設した複合商業施設「ココラフロント」。
広場の南側には、豊橋の中でもディープなスポット、通称「水上ビル」が建ち並びます。
今回の再開発とは直接的には関係ありませんが、ご紹介します。水上ビルは高度経済成長期の昭和30年代に建てられたビルで、1階を店舗、2階以上を住居とする当時としては先進的な建物でした。戦後のヤミ市の移転先として急遽建設されたもので、暗渠化された「牟呂用水」の上に建設されているため、「水上ビル」の呼称が付いています。今となっては既存不適格建築物(違法建築)になってしまっていますが、用水路沿いに東西およそ800メートルにわたって壁のように連なる風景は、なかなか見応えがあります。
ちなみに「水上ビル」とは牟呂用水の上に建つ「大豊商店街」、「豊橋ビル商店街」、「大手ビル商店街」を総称したものです。
牟呂用水にかかる橋は欄干だけになってしまっていますが、今でも当時のまま残っているところがあります。写真の「狭間橋」は今から80年前の1933年(昭和8年)に改築されたものです。ちなみに牟呂用水の歴史はさらに古く、今から125年前の1888年(明治21年)に完成しています。
当然ながら老朽化による改築の必要性はあるようで、一部では欄干に手が加えられていました。写真の「下狭間橋」は今年の3月に改築されたばかりのようです。ここまでやるならば、川のせせらぎが聞こえるように、牟呂用水を完全に復元して欲しいですね。
話が脱線してしまいましたが、こちらは「狭間児童広場」の南東角にある公園です。
連休初日の昼下がりでしたが、子どもの姿はまったくありません。ハトが首を振りながら愛らしく寄ってくるだけです。業者による定期的な清掃も行われているようですが、木々が成長しすぎていて薄暗く、ちょっと寂しい感じです。相当前に植えられたのでしょう。
今回の再開発の全体コンセプトとして、「東三河の中心としてのにぎわいの創出」や「回遊性の拠点となる広場整備」「まちなか居住の推進」「東三河の顔として活力と魅力を感じる景観形成」などが掲げられており、その中でも「まち歩きの核となる『まちなか広場』の形成」「緑にあふれたオアシス空間『緑の広場』の形成」といった、広場の整備に重点が置かれています。
既存の都市機能に居住空間も加え、さらに広場も整備となるとやはり新ビルは必然的に高層化してくるのかなと思いますが、あくまで個人的願望もありますので断定はできません。実際今回の再開発構想に関しては、7つのパターンから検討が進められており、どのような形で建物が配置されるのかはまだまだ分からないといった感じです。
最近は急激な情報化社会の進展により、小学生でもスマホを持っているような時代になっていますが、昔のように子どもが日常的に外で遊ぶ機会はかなり減っていると思います。都市機能の誘致だけでなく、自然と親しみながら地元内外の人たちがゆったりと交流できる、そんなスペースができるといいですね。
★…2013年9月16日撮影。
それ以外は同年9月14日に撮影。