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豊橋の栄枯盛衰を刻む 「名豊ビル」 撮り納め 2024年、かつての賑わい拠点を再び当地へ 「豊橋駅前大通2丁目再開発」着工前特集(3)

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 豊橋バスターミナル跡地→ビル内へ

 名豊ビル新館入口

このとき新館の地下入口はまだ解放中。

よく見るとフリーハンドでカットしたと思われるいびつな楕円形と、背面のタイルのデザインとのアンバランスな配色が昭和臭満載で良い味出ています。

 名豊ビル新館 地下1F(名豊しんちか食堂街「カスケード」跡)

エレベーターホール付近。かつて盛況だった飲食店街も、既にビルの閉館4年前からこの状態。

 名豊ビル本館 1F(旧ハイショップ名豊)

この時から二度と運転再開しないことを決め込んでいたのか、上半分が天井に埋められ、再起不能となったエスカレーター。昔ながらの貴重な丸ボディ。豊橋市で初めて設置されたエスカレーターだったようです。

外部リンク いいエスカレーターの見つけ方(2011年9月1日 デイリーポータルZ)

 名豊ビル本館 ?階

こちらは比較的小綺麗なフロア。何階だったか忘れてしまいましたが、区画という区画ほとんどが塞がれており、フロア面積がかなり削減されていました。

昔ながらのインジケーターが残る、当時のままのエレベーター。動いていたのは左側のみ。

割と最近作成されたと思われるフロア案内。開業当時「名豊ハイショップ」の専門店があった本館の2~4階部分はもう存在自体がなかったことにされています。豊橋グランドホテルの客室は本館8~9階と新館10~12階、結婚式場や宴会場が新館7~9階にあったようです。

エスカレーターは厳重ガードで上にも下にも行けず。かなり前から停止しているような雰囲気。

 名豊ビル本館 5階

末期はイベントホールとなっていたものの、基本的にイベント開催時以外はフロアの大部分が閉鎖したまま。

この5階フロアは「ハイショップ名豊」のキーテナントとして、元々は西川屋(のちのユニー)名豊店が入居。当時は5~6階で衣料品や生活雑貨のみを販売し、のちに5階のみに営業縮小。92年撤退。ショッピングセンターの抜け殻が催事スペース化するパターンはよくありますが、どこもテナント誘致に苦労している実情がうかがえます。

 ビルの中ももう少し隈なく見ておけばよかったな…

もう二度と入れない旧バスターミナル。

かすかに残る「豊橋市バスターミナル」の文字。

「狭間児童広場」が周囲の土地よりも高い位置にあり、丘のようになっているのは、広場の下にある旧バスターミナルが地上からかなり浅い位置に造られたためと思われます。実質は地下というより、半地下のような感じです。

「構内10k 以下」の裏には、バスの入庫状況を示すインジケーターが隠されていた。が、ターミナルが現役の頃もこれが使われていたのは最初の頃だけだったようです。(途中から10k 以下で隠された)

改めて見ても名鉄本社ビルにそっくりの外観。周りにこの写真だけ見せて「名駅です」と言っても半分くらいは信じてくれそう(笑)

かつての豊橋の街を牽引してきた建物たちが続々と世代交代を迎えようとしています。

回は名豊ビル周辺の撮り直し分を掲載します。

外部リンク ビンビンゾワゾワする名豊ビルの昭和ポスター(2017年4月24日 愛知豊橋・長坂なおと市議のblog)「名豊ビルファイナル謝恩祭」にて展示された、ハイショップ名豊開業当時のポスターや旧ホテルラウンジ内部の貴重な写真が掲載されています。

外部リンク プチタイムスリップ、昔の名豊ビルチラシ・新聞記事で昭和の豊橋へ(2017年4月25日 愛知豊橋・長坂なおと市議のblog)「名豊ビルファイナル謝恩祭」にて展示された、ハイショップ名豊開業当時のチラシやフロアガイドなどの貴重な写真が掲載されています。

外部リンク ハイショップ名豊(2013年2月27日 豊橋⇔名古屋)ハイショップ名豊開業当時の写真。丸ボディのエスカレーターもバッチリ写っています。

参考  豊橋駅前の「新陳代謝」活発化(2017年4月19日 東日新聞)

参考  豊橋・再開発ビルの立体模型やイメージ図公開(2017年5月7日 東愛知新聞)

外部リンク 2017年4月30日 名豊ビル閉館。半世紀の歴史に幕を下ろしました。(2017年5月1日 豊橋駅前大通地区まちなみデザイン会議)

外部リンク さようなら名豊ビル完全閉館に住民ら別れ 盛大なセレモニー豊響演奏でフィナーレ(2017年5月1日 東日新聞)

※2017年7月8日(内部は2013年9月14日)撮影。

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