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豊橋の栄枯盛衰を刻む 「名豊ビル」 撮り納め 2024年、かつての賑わい拠点を再び当地へ 「豊橋駅前大通2丁目再開発」着工前特集(1)

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豊橋の地で、当時複合ビルとしての最先端を駆け抜けてきた「名豊ビル」が、2017年4月30日をもって閉館しました。戦後の都市開発拠点として官民の多くの期待を乗せた同ビルは、ホテル・商業施設・ホール・バスターミナルのほか、ターミナルに直結するデパ地下を擁するなど、同時としては画期的な一大商業拠点として、多くの来店客で賑わいました。”商品を置けば何もしなくても売れる”という高度経済成長期の好景気のさなか、豊橋初進出の店舗で構成された店内では、定期的な有名芸能人の来店やファッションショー・アートイベントの開催、豪華懸賞旅行やドリフの招待など、独自色のあるイベントで多くの人々の心を惹きつけました。

 かつて豊橋中心部の商業激戦区を引導した名豊ビル

しかし、時代の移り変わりとともに広大な駐車場を併設した郊外型モールの進出や、名古屋都心部の開発といった外的要因、建物の老朽化が相まって、徐々に活気が失われていきました。ピーク時に日あたり1万人を超す買い物客が訪れた同ビル一帯に、かつての賑わいを取り戻そうと、再び官民が結集した東三河最大規模のまちづくりプロジェクトが始まろうとしています。(2013年作成記事はこちら

同ビルは名鉄と地元が50%ずつ出資する「名豊ビル株式会社」が、”水上ビル”などを管理する「大豊協同組合」の所有地に1968年に開業。その後、名鉄資本が撤退し、末期は地元の中部ガス(現サーラ―グループ)が同ビルを所有・管理していました。名鉄本社と瓜二つの外観は、名鉄不動産の設計によるもので、施設構成も含め、名駅の名鉄メルサ(当時)のコンセプトを基に建設されました。

 次世代の賑わい拠点への挑戦

出典 まちなか広場(仮称)基本計画 概要版より

現在「名豊ビル」や豊橋バスターミナル跡地(地下)のある「狭間児童広場」を”東敷地”、「開発ビル」を”西敷地”として一体的に再開発します。※規模は変更前のもの。(後述)

出典  豊橋駅前の「新陳代謝」活発化(2017年4月19日 東日新聞より)

豊橋駅前大通2丁目再開発 2024年全体完成模型(東棟は2019年完成予定)

新たな計画は東棟(地上24階建)と西棟(同20階建)で構成され、再開発区域の中央部には「まちなか広場(仮称)」を配置。東棟の低層部には「まちなか図書館(仮称)」が入るほか、両棟の低層部には商業施設オフィスが入り、上層階はマンション(総戸数約220戸)となる予定です。2016年に策定されたまちなか広場(仮称)基本計画 概要版では、東棟が18階、西棟が17階建てとなっていましたが、いずれも規模が拡大されたと思われます。まず、名豊ビルのテナントを開発ビルに移転させた上でバスターミナルや狭間児童広場とともに2017年にも解体し、跡地に東棟を建設します(2019年完成予定)開発ビルは2020年以降に解体し、跡地に西棟を建設します(2024年完成予定)

出典 まちなか広場(仮称)基本計画 概要版より

 まちなか広場(仮称)イメージパース(駅前大通り側)

出典 まちなか広場(仮称)基本計画 概要版より

 まちなか広場(仮称)イメージパース(水上ビル側)

広場には音楽やスポーツイベントが可能な、屋根付きの立体式「多目的広場」と、芝生のある丘などを整備した「みどりの空間」が整備されます。人々が集える大規模な広場が少ない豊橋駅前では貴重な空間となり、「ココラフロント」など他の商業施設との差別化を図ります。また、現在狭間児童広場内にある樹木などを広場に移植し、育成が困難な木々はベンチなどに活用するとしています。

出典 まちなか広場(仮称)基本計画 概要版より

 図書館の駅チカへの誘致

現在の豊橋市立図書館は3館に分散しており、どれも豊橋駅前からはかなり離れたところにあります。類似ケースでは、一宮市がJRの駅ビル内に午後9時まで開館する「一宮中央図書館」を開設し、帰宅時間帯の駅利用者が利用しやすくなったほか、休日には自習室を利用する学生などで駅ビル内にも賑わいが生まれるなど、成功を収めています。しかし、一宮中央図書館は蔵書数が46万点あり、まちなか図書館(仮称)で予定されている10万点を大きく上回ります。まちなか図書館(仮称)は午後10時までの開館を目指しています。

 一部はまだ見納め可能なビル内

名豊ビルの南北、駅前大通りから狭間児童広場までを結ぶ通路は引き続き解放されていました。角を隅切りした分厚い腰高窓が60年代を思わせるデザインです。

通路沿いの店舗もすべて閉鎖済み。実際はもうちょっと通路に光が入っていて明るいですが、閉館とともに照明も落とされてしまったため、夜間はどうなるのか気になるところ。

大名古屋ビルヂングの玄関にあっても違和感なさそうな作品。おそらく解体直前まで飾られ続けることでしょう。作成者はいずこに…。

 名豊ビル南側

右が「狭間児童広場」への連絡通路。左に見える地下階段は”あの”駐車場への入口。

ビルがまだ現役の頃(2013年9月14日撮影)

閉館後、2ヶ月ほど経過。雨も多いこの時期は草が伸びるのも早い。

ちょっと人や車の出入りがなくなっただけでここまで苔毟るとは…おそるべき自然力。

 旧バスターミナル入口

名豊ビル地下への入口は、かつて隣接する児童広場付近にも点在していましたが、一部はビル本体にも併設されていました。

名豊ビルの見どころの一つはこの謎の手摺。名豊ビルの「M」のロゴを模った説が有力ですが、見た目は「オメガ」。

壁一面に張り巡らされた煉瓦タイルに、当時の名鉄の思い入れを感じます。

一部が取り外されたわけでもない、階段の途中で終わっている手摺。手摺というよりオブジェとしての役目を果たし終えた感。往時はどれほどの人たちがこの階段を行き交ったであろうか。

2013年9月14日撮影。

回は末期の地下の様子を掲載します。(こちら

参考 豊橋駅前の「新陳代謝」活発化(2017年4月19日 東日新聞)

参考 豊橋・再開発ビルの立体模型やイメージ図公開(2017年5月7日 東愛知新聞)

外部リンク 2017年4月30日 名豊ビル閉館。半世紀の歴史に幕を下ろしました。(2017年5月1日 豊橋駅前大通地区まちなみデザイン会議)

外部リンク さようなら名豊ビル完全閉館に住民ら別れ 盛大なセレモニー豊響演奏でフィナーレ(2017年5月1日 東日新聞)

※一部を除き、2017年7月8日撮影。

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